リチャード・クレイブは29歳の南アフリカ人で、サンフランシスコでヘッジファンドを運営している。いや、正しくは彼は“運営”してはいない。彼は自分が名前も知らない何千人ものデータサイエンティストによって構築された人工知能(AI)システムに、運営を任せているのだ。
「Numerai」(ヌメライ)と名づけられたスタートアップの看板のもと、クレイブと彼のチームは、ファンドの取引データを隠すテクノロジーを構築してから、データを匿名のサイエンティストからなる巨大コミュニティと共有した。暗号に似たメソッドを使い、この技術はサイエンティストらが会社の取引詳細を見られないようにしているが、同時に彼らが機械学習モデルを構築できるようにデータを編成している。モデルはデータを解析し、よりよい金融取引を学んでいく。
「わたしたちは、すべてのデータをコミュニティにわたしています」。資産管理会社で働くために南アフリカに渡航する前には、ニューヨーク州のコーネル大学で数学を学んだクレイブは言う。「ただし、わたしたちはデータを抽象的なかたちに変換しています。人々は、そのデータが何を意味しているものかを知ることなく、機械学習モデルを構築できるのです」
クレイブは、オンラインで募集したデータサイエンティストたちが何者なのかを知らない。サイエンティストへの支払いは、匿名性を維持できる(ブロックチェーン技術を活用した)デジタル通貨で行われる。「誰でもわたしたちに力を貸すことができます」と彼は言う。「彼らが働けば、わたしたちはビットコインで支払うわけです」
つまり、サイエンティストたちはクレイブのデータには関与しない。クレイブもサイエンティストたちには関与しない。そして、サイエンティストたちは暗号化されたデータを使って作業するため、その機械学習モデルをほかのデータに対して使うことはできない。だがクレイブは、この「ブラインド」こそが、よりよいヘッジファンドづくりにつながると信じている。
シリコンヴァレーのおとぎ話
ヌメライのファンドは、約1年間にわたって株式取引を行ってきた。彼は情報開示にまつわる規制のためにその詳細を明かさないが、ビジネスはお金になっていると言う。そして、データ解析を駆使して成功を収めたヘッジファンドのRenaissance Technologies(ルネッサンス・テクノロジーズ)創業者を含む有名投資家が、ヌメライにどんどんお金をつぎ込んでいる。クレイブの会社は、ニューヨークのヴェンチャーキャピタル企業Union Square Ventures(ユニオンスクエア・ヴェンチャーズ)が牽引するヴェンチャー基金の最初のラウンドを完了したところだ。今回はユニオンスクエアが300万ドル(約3.3億円)をヌメライに投資し、ほかからも300万ドルが追加された。
ルネッサンスやBridgewater Associates(ブリッジウォーター・アソシエイツ)などのウォール街で名の知れた会社や、技術系スタートアップのSentient Technologies(センティエント・テクノロジーズ)、Aidyia(アイディア)などのヘッジファンドは、ここのところ機械学習アルゴリズムの利用を探究している。だがヌメライは、これらのアルゴリズムをクラウドソーシングによってつくろうとしている。
ヌメライは、「シリコンヴァレーのおとぎ話」のようなことを行おうとしているといえるだろう。つまり、AI、暗号化、クラウドソーシング、そしてビットコインを使って、小さなスタートアップが金融業界を刷新するということだ。彼らの投資家のひとり、ユニオンスクエアのパートナーであるアンディ・ワイスマンは、これを「実験」と呼んでいる。
「この男はわれわれと思考回路が違う」
クレイブがヌメライのアイデアを思いついたのは、南アフリカの金融会社で働いていたときだ。彼は自身が働いていた会社名を明かさないが、この会社は資産管理ファンドで150億ドル(約1.7兆円)に及ぶ資産を運用しているという。彼はファンドを運用するための機械学習アルゴリズムの構築を手伝っていたが、それはそれほど複雑なものではなかった。
あるとき彼は、ニューラルネットワークを使ってもっと進んだ機械学習モデルをつくっている友人と会社のデータを共有したいと思ったが、会社はそれを許さなかった。しかし、そうした会社の姿勢がクレイブにアイデアを与えた。「この時から、データの暗号化の新しい方法を探り始めました。友人がデータを盗めないようにしながら、彼とデータを共有する方法を」
その結果が、ヌメライだ。クレイブは自分で100万ドル(約1.1億円)をファンドにつぎ込んだ。2016年4月、ヌメライはルネッサンス・テクノロジーズの設立メンバーのひとりであるハワード・モーガンを含むグループからの、150万ドルの出資を発表した。モーガンはシリーズAラウンドの際にユニオンスクエア、First Round Capital(ファーストラウンド・キャピタル)とともに再度ヌメライに投資を行っている。
間違いなく、これは型破りな方法である。クレイブが会社のミッションを語る短い動画を見れば明らかだ。彼は黒縁の眼鏡をかけて銀色のジャケットを着ている。動画の背景は『マトリックス』を思わせる。ワイスマンは語る。「この動画を見たときに思った。『この男はわれわれと思考回路が違う』とね」
参考URL:http://wired.jp/2017/02/26/numerai/
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